2024年10月24日(木)〜27日(日)まで開催された「神楽坂de和空間」お越しいただいた方、行ってみたいと思ってくださった方、宣伝・応援してくださった方、ありがとうございました。大変盛況な4日間でした!
私は講座や出店が少ないので、講座や出店があったときはこうして後記としてブログに残しています。今回も少し残しておこうと思います。
4日間、イベント自体は盛況に閉会。出店した8名の作家それぞれには小さなトラブルもあったかも知れませんが、私は結構ありました。全ては書ききれないのだけれども。
1日目。会場に到着、作品を展開。ピクチャーレールに下げるワイヤーにはフックは1つしか付けられず、思いの外作品がかからない。悩んだ末、吊りワイヤー3〜4本を1箇所に下げることにした。後々レール側のフックを増やすことが可能であると知ったが、ピクチャーレールの仕様を知っておくのは今後どこかで役に立つと思う。
用意した桐箱は羽織紐を結んだ状態で見せることができるので良かったが、もうすこし嵩張らない方法を考えたい。「ちどり」シリーズと左右別売り羽織紐は手に取りやすいように卓上のフックにさげてみた。
「ちどり」の房が全て白いことが師匠には疑問だったことを初めて知った。房も同じ色だと推しカラーとして使いやすいとのこと。あまり推しカラーについては考えておらず、そのように使いたい方は勝手にそう解釈してくれるものと思っていたし、そもそも私は編み糸と房の色を合わせて整えていたので意外だった。房の色を紐と揃えるとなると何色染める必要があるのか?という部分込みでのデザインであったのは確かだが、師匠はその部分、房の色は白が良いのか?同色が良いのか?同色ならどうすれば揃えられるのか?という選考が浅い部分に反応したのだと思う。考えた上で削ったものと、案を却下したものは、同じ物でも違いがあるのだろう。
朝いちでお世話になっている和裁の先生とお子さん、和裁の生徒さんが来てくださった。26−27日に同時開催された「もうひとつの和空間」に出店される作家さんも来てくださり、作品を褒めてくださったことが本当に嬉しかった。なにせ私は出店しないので、どの作品がどんなお声を多くいただくのか?それがずっと分からないままだったので、こうした部分は出店以外で得ることは難しいと痛感。
2日目、今日も頑張ろうと電車に乗ると、乗った電車で人身事故が起こり2時間足止めを喰らう。全員電車から降ろされ、警官が「飛び込んだところを見た方はいませんかー!」と聞きながらホームを歩き、ホームからコンコースへと誘導され、さらには改札の外へ。すべて始めての経験だった。神楽坂についてからの予定だった昼食をこの間に済ませ、14時すぎに到着。私は神奈川県内での事故だったが、同時刻で東京を挟んだ向こう側でも人身事故があり、他の作家さんが足止めを喰らっていたのは驚た。
友達が来てくれていたのに大遅刻で全く会うことが叶わなかったが、外国のお客さまには左右別売り羽織紐を買っていただけた。聞けば羽織はあるが紐はないのだと。羽織紐はリサイクルで買えば付いていないことも多いという事実を再認識、活かしどころがありそうだ。1本1本丁寧に色を組み合わせている様子がとても楽しそうで私は嬉しかった。左右別売り羽織紐も馴染みのないものとしてあまり見向きされない印象があったのだが、やっぱり悪くないと再確認。私は馴染みのないモノが多いのだから、見せ方はもっと工夫する必要がある。束で吊るした左右別売り羽織紐はいくつか結んで展開した方が良かった。羽織紐なんて着物を着る人なら当たり前に知っている物なのに、自分が使った(誰かが使った)ところをいかにスムーズに想像させるか?その展示方法は今後の課題だ。
来てくださる方々はほとんどがSNSなどで知った方だったようだが、ご近所の方が立ち寄ってくださるケースも何件か。それは主催の方々が神楽坂を往復してフライヤーを撒いたおかげ。これは他のイベント、特にギャラリーなど規模が小さいイベントの場合は参考にしたい。
夕方、暗くなるとどうしても会場が静かになりがちだが、その時間を狙った方が来てくださることがあると知った。そのような人は(言い方が適切では無いかも知れないが)長居の傾向があったと思う。悪い意味ではなく、情報交換の意味合いが強かった印象。
3日目。朝、note友達が来てくれる予定だと知って狂喜乱舞で出勤。他の作家さんにも話していたので、裏で買って来ていただいた肉まんを半分食べたところで呼びに来てくださった。他にもそんな作家さんがいたようで、裏で肉まん食べると客が来るという小さな噂ができた。
note友さんは先に私のショップで購入してくださった簪に、帯飾り、お話を聞いていた着物姿。着付け本番の1週間前に着物で出掛けてみるというチャレンジでもあったが、フル装備で着付けて来てくださった心意気には感謝しても仕切れない。作品からではなく私の知り合いとして数年かけて作品を知ってくださるという方も確実に存在することに、自分と作品は切り離せない物なんだという感覚が湧いた。
名前を呼ばれてびっくりした。聞けばつまみ細工教室や和裁教室で繋がりのあった方で、さらに前のがま口バッグ教室で姑と一緒に通っていたこともご存じだった。おそらく私が作家としてイベントに出ていることは初日に来てくださった和裁の先生から聞いていたのだと思うが、いや聞いていなかったかも知れないが。なんにせよ、こちらも作品より前に私を知っていた人だ。顔と名前、どちらも覚えることが苦手であることが申し訳ない。
不思議な来客繋がりの日、ご購入いただいたものも同じものだった。私が初めて買った着物の裾から拾った古布で作ったチャーム。こんなに綺麗なのになぜ誰の手にも渡らないのかと思っていた、たった2つしか作れなかった作品が、あっという間に。
4日目。この1日が乗り越えられなかった。前日の夕方より時々声枯れしていたし、腰回りはガチガチに硬くて痛い。帰ってみたら38℃。就寝中、熱が下がった感覚があった。あと1日だけなんだ!36℃台なら頑張ろう!と思っていたが、起きてみると38℃。さすがに38℃はご迷惑でしかないので、片付けだけ行くことに。
片付けは最悪翌日でも可能だったものの、おそらく翌日の方が悪化するし(これは正解で、このあと2週間苦しめられている)、翌日があると今日が休まらない。時計などは箱が違うと入らないものも多かったので、適当に詰めて送ってほしいとも言えない。つまり片付けだけは予定通り今日の夜、閉会後に行くしかなかった。時計の上手い梱包方法を編み出したい。
19時ちょっと前に会場に到着。雨になったこともあり、客足もなく、すぐに片付けが始まった。その際、師匠に講評をもらった。大人なれば注意してくれる人はいないとはよく聞くが、それは仕事上でも同じ。この歳では育てるための講評より愚痴に近い呆れられた雰囲気の指示が出るのが関の山なのだけど、私の場合はまだ先を見た講評がもらえている。個人として自立していればコンサル料金や相互補完のための勉強会を構築でもしないと受け取れないものだ。例えば、私がされて嫌なことはしないが、しないことで手抜き、不足と捉える向きも存在すること。足を運んでくれるとは何を犠牲にして足を運んだのか想うこと。足を運んできてくれた気持ちの取り扱い、解釈の一例。
コンサルタントの言うことが的外れに感じるは多々あったけど、なるほど的外れであるということが良くわかったし、作家として活動している人のアドバイスは参考になるものの、取り扱い作品の違いで事情が異なる。事情の違いからアドバイスの本質を捉えないと、アドバイスが活かし切れないことが良くわかった。
展開した作品を回収。ビクチャーレールから先に作品を外すべきだった。左手で垂れたワイヤーを押さえ、右手に鍵先がついた棒を持ち、鍵先でフックから作品を外す。…鍵先のついた棒がうまく使えず、結局ピクチャーレールからワイヤーを外した。外した作品付きのワイヤーは釣り竿に釣り糸に魚のような状態で不安定で、落とせば作品やギャラリーの棚を傷つけてしまう。できれば2人で行うのがベストだ。次にどこか出店するなら、ピクチャーレールが使えるところで挑戦してみたい。
会期後、LINEに登録があった。見てみるとイベントに来てくださったお客様で、つまみ細工の巾着袋を見たことがあると話してくださった方だった。で、その巾着袋の写真をわざわざ送ってくださったのだった。帰宅後、どの本に載っていたのかと探してくださったんだろう。私に見せてあげようと私の連絡先も探してくださったんだろう。頂いた画像にあった巾着袋は私が想像していたものとは全く違った。この画像1つ見せてもらったことがどれほど私の糧になったか。感謝してもしきれない。
私はこの方に手間をかけていただくほどの何を提供できただろうか?素敵な作品を見せていただきましたと仰っていただいたが、誰も作っていないつまみ細工作品を全力で楽しんで作ることで、喜んでいただけたのかも知れない。そうだとしたらそれはとても嬉しい。それは私の自信の根拠にして、その方針は大事にしつつ、もう一歩二歩ともっと先へ、もっと深く掘った作品を作っていかねばならないと思った。
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